チャラ奥深い 城石憲之

選手


現役時代、城石憲之=「チャラい」という構図で語られることがあった選手である。おそらくは、見た目であったり、人気女性アナウンサーと結婚したりしたためにそういったイメージで語られることがあったと思うのだが、プレースタイルに関しては「チャラい」という言葉とは正反対の真面目で実直な選手というイメージがあった。
私が初めて城石の事を知ったのは、春日部共栄高校時代の事だった。この頃(1991年)は私自身最も甲子園大会を見ていた時期だったと思うのだが、春夏と連続で初出場を果たした春日部共栄のことは印象に残っている。野球センスのある遊撃手として城石も多少なりとも注目されていた。その後城石の名前を聞くことになるのは、94年のドラフト会議の事だった。城石は春日部共栄高校卒業後、青山学院大へ進学したが、すぐに中退しており、その後はガソリンスタンドで働いていたとのことで、日本ハムがドラフト会議で指名した際に「フリーアルバイターからドラフト指名」などと変わり種選手として取り上げられることとなる。私自身も「あの時の春日部共栄の城石か!」と驚いた記憶がある。その城石は、日本ハムでは目立った実績を残すことが出来ず、98年の開幕直前にヤクルトにトレードで移籍することとなる。日本ハムで実績を残せていなかったため、期待値は高くなかったのだが、野口寿浩とのトレードだったことを考えると、内野のユーティリティプレーヤーとしてスカウト陣からはある程度の評価を受けていたのかもしれない。
その城石は、ヤクルト移籍後徐々に出場数を増やし、存在感を大きくしていった。城石に関してはまずはショート、セカンド、サードという複数のポジションである程度しっかり守ることが出来るという明確な武器があったことが大きかった。打撃はお世辞にも1軍のレギュラークラスとは言えなかった。複数ポジションをきっちり守れることにより、首脳陣から重宝される選手となっていった。
打撃に関しては、試行錯誤している様子が伺え、当時同僚だった宮本慎也そっくりの打撃フォームで少しずつ打席で粘れるようになっていった印象が残っている。追い込まれた後にファールで逃げてカウントを整えたり、相手投手に球数を投げさせられるようになっていった記憶が残っている。一目で「このプレーが凄い!」と感じることが出来るプレーヤーではなかったのだが、自分の出来ることを実戦でもしっかり発揮できるという意味で、チームに欠かせない選手へ成長してみせた。やはり選手としては「チャラい」という言葉は似つかわしくない選手だった。
そんな城石が野球人として強烈な輝きを放つことになるのは、現役を引退してからのことだった。ヤクルト、日本ハムで長年コーチを務めると、2023年のWBCでは、栗山監督の下、内野守備・走塁兼作戦コーチを担当し、WBC制覇に貢献してみせた。三木肇、野村克則、志田宗大らにも言えることなのだが、現役引退後の活躍ぶりは「大出世」と言っても過言ではないのではないだろうか?
これだけプロ野球界の現場で長年コーチを務め、WBCでもコーチに招聘されるということは、それだけ野球に関する能力が高いということを示しているのではないだろうか?現役時代には気付かなかった「奥深さ」のようなもが城石には備わっているのだと感じる。
そんな城石は、今年からヤクルトの2軍監督を務めることとなった。現役時代ヤクルトのスーパースターとして活躍しながら現役引退後は、泥臭くコーチ業を継続し、今年からヤクルトの監督に就任した池山監督とは、正反対と言っても良いような野球人生を歩んでいる城石が、2軍監督としてヤクルトの土台をどのように大きくしていってくれるのか注目してみたい。
城石憲之は、ただ「チャラい」だけの野球人ではない。人間としての奥深さを感じさせてくれる。




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