維新力80㎏

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私が最も大相撲を見ていた時期は、小学生の頃である。毎場所テレビで観戦していたため、その頃の関取に関しては、ほぼ顔と四股名が一致していたはずである。学校終わりに家に帰ってテレビで大相撲中継を見ることが楽しみになっていた。私は、小学校から家までの距離が遠かったのだが、低学年の頃は、十両の取り組みから見られる時間帯に帰宅できることもあり、日によっては十両の取り組みも見ることが出来た。
そこで異彩を放っていたのが維新力だった。当時は千代の富士が大横綱として君臨している時代であり、いわゆるソップ型と呼ばれる力士がまだまだ多かった時代である。上位陣にも千代の富士の他に霧島や寺尾が人気を博していたし、旭道山も力を付けている時期だった。後に横綱となる貴花田(貴乃花)、若花田(若乃花)もまだまだ線が細かった時代であり、力士の大型化が叫ばれるようになる少し前の時代だった。そんな時代にあっても維新力の細さは目立っていた。
小学校低学年だった私は、テレビで維新力を見て、自分の父親よりも細いと感じたくらいである。実際に父親に「十両にお父さんより細い力士がいる。」と言った記憶が残っているくらいである。父からは「そう見えるだけでお父さんより全然大きいんだよ。」と言われ、あんなに小さく細く見えるのに父親よりは大きいのか?と驚いたものである。しかし、幼い私がそう感じるくらい、維新力は他のソップ型力士と比べても明らかに小さかった。
そんな維新力が、土俵上を縦横無尽に動き回り、一回りも二回りも大きな力士相手に勝利する姿を見て、私は一気に維新力のファンになった。「こんなに小さいのにあんなに大きな力士に勝つことが出来るんだ…。」という驚きが大きかった。いつか幕内に上がってもらいたいと思っていたのだが、幕内に上がることなく、引退することになってしまった。
今改めて当時の記録を確認すると私の記憶していた以上に早く引退していて驚いた。私が維新力を応援していたのは、2年足らずの期間だけだったのである。私の中ではもっと長い期間応援していたようなつもりになっていたのだが、実際には非常に短い期間であった。それでも私の脳裏には当時の維新力の姿が鮮明に焼き付いている。その後舞の海や智ノ花ら小柄な業師に夢中になった時代もあったのだが、わずか80キロ程の体重で十両の舞台で戦った維新力は、私の中で特別な力士である。

過去記事はこちらから→「寺尾の突っ張り | ヤクルトファンの日記




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