東都の不沈艦 高市俊

選手


「東都の不沈艦」青山学院大時代の高市俊の異名である。プロ注目のアマチュア選手にも様々な異名が付くことがあるのだが、高市の「東都の不沈艦」という異名は、20年以上経過した今でもそれ程色褪せた感じがしない。中々の傑作だったのではないだろうか?
高市は、青山学院大の3年次に一気に注目度を高めた投手という印象があるのだが、パッと見で凄さが伝わりづらい投手であったため、その実力を端的に表せる異名が必要なタイプの投手だったのだと思う。そんな高市は、当時「戦国東都」と呼ばれる実力派揃いのリーグの中で負けない投手として君臨していた。そんな高市の異名として「東都の不沈艦」というものはピッタリはまっていた。
私が高市を初めて見たのは、帝京高時代の事だった。如何にも帝京高校らしいがっちり系の体格でマウンドに立つ姿が印象に残っている。しかし、高校時代は体格の割には「本格派」という印象がなく、特徴が見え辛い投手だった。スピードがある訳でも変化球がキレる訳でもコントロールが良い訳でもなく、私自身は「打撃も良い投手」という程度の認識であり、プロに注目されるような投手とは思えなかった。
そんな高市が青山学院大でブレイクし「東都の不沈艦」、「高市マジック」などと呼ばれ始めていることを知った時には、驚いたものである。「あの帝京の高市が投手としての総合力を評価される好投手になっているのか!」と…。それ程までに高校時代の高市からは、考えられない評価を受け始めていたのである。
私は当時まだネットを見る環境がそれ程なく、高市の青山学院大時代の投球は数えるほどしか見ることが出来なかったのだが、やはりパッと見で凄さが伝わってくる投手ではなかった。しかし、帝京高校時代に比べて、投球フォームがスムーズになっていると感じ、悪い意味での力感はなくなっているように感じたことを覚えている。
ドラフト評論家の第一人者である小関順二氏が絶賛するなど、各種媒体でも評価が高まる中、06年のドラフト会議でヤクルトが希望入団枠で獲得してみせた。高校生ドラフトでは、1巡目で増渕を獲得し、大学・社会人ドラフトでは高市を獲得したドラフトは、私が見てきたヤクルトのドラフトの中では、喜びが大きいドラフトの1つであった。
しかし高市は、プロ入り後「東都の不沈艦」という異名に見合った活躍をすることは出来なかった。怪我の影響もあり、大学4年次に成績を落としていたことが懸念材料として挙がってはいたのだが、プロでここまで通用しないとは思わなかった。
個人的には和田毅が早大からソフトバンクに入団した際に、浜田高校時代にプロに入るとは思えなかった投手が大学で成長し、投球フォームも改良する中でプロでも活躍したことから、高市は左右の違いはあるものの和田毅のような成長曲線を描く可能性のある投手ではないか?と期待していた。
実際には、プロで通用するだけの球威、キレ、コントロールが不足しており、2軍レベルでは、何とか試合を作ることが出来ても、1軍では通用しない状況が長年続いてしまった。青山学院大時代の評価からするとプロ通算15試合に登板し、0勝2敗、防御率8.35という数字は寂しい限りである。
大学3年次に高市の投球を私は多分見たことがないのだが、小関氏が絶賛した時期の高市は、どういった投球で東都の強者、曲者を抑え込んでいったのだろうか?しっかり追えていないからこそ摩訶不思議な成長曲線を描いた投手という印象がある。




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