異才石井一久引退

選手

10月8日西武ライオンズの石井一久の引退セレモニーが行われた。いつの間にか西武に6年間在籍しており、今の若い世代の野球ファンにとっては西武の石井一久の印象の方が強いのだろうか?晩年の石井もモデルチェンジに成功し味のある投球を見せてくれていたのだが、やはりヤクルトファンにとってはメジャー移籍前の石井一久の印象が非常に強い。

この石井一久、非常に波の激しい投手であり、安定感は全くなかったのだが、それでも「エース」は石井一だった。少なくとも私はそう思っていた。しかしこの考えにはヤクルトファンの間でも賛否あるのではないだろうか?私が社会人1年目の時に上司がヤクルトファンだったのだが、石井一久に関しては、「チームの投手陣にあまり良い影響を与えないのではないか?」ということを言っていたのを思い出す。確かに当時の石井一は、調子が良い時は手の付けようがないピッチングを披露するのだが、調子の悪い日には、初回から大量失点をしてしまうなど本当に2つの顔を持った投手だった。それでも調子の良い時(集中力が高まっている時)の投球は私が見てきたヤクルトのサウスポー投手の中で№1だったと思っている。

その実力を如何なく発揮したゲームと言えば1997年の終盤、首位ヤクルトを猛追してきた横浜ベイスターズ相手にノーヒットノーランを達成し、優勝を一気に引き寄せたゲームである。
当時を思い出すと、まだまだ実力的には横浜よりヤクルトの方が上かな?と思っていたのだが、後半戦の横浜の勢いもかなりのものがあり、直接対決の結果いかんではひっくり返される心配もあったシーズンだったと記憶している。その横浜の勢いをこの石井一は一人で止めてしまった。「異才」石井一久の本領発揮のゲームだった。
その他でも開幕戦や日本シリーズなど大舞台に強いのも石井一の特徴だった。(逆に言えば全く話しにならないようなひどい投球を披露することもあったのだが…)

これだけ波があっても「エース」と呼ぶ人もいたということは、やはり大事な試合でチームを引き上げるような圧倒的な投球を披露することがあったからだろう。非常に面白い投手だった。

普段のコメントもつかみどころのないコメントをする投手で、バラエティー番組などにもよく出演し、本音なのか冗談なのかよく分からない発言を繰り返すこともたびたびだった。そんな石井一久はどこか危うい所が付きまとい、少しでも力が落ちてきたら引退してしまうのかな?などと思っていたのだが、そこら辺は私の見る目が浅かった。
メジャーに渡った後も実力は十分に発揮してくれたと思うのだが、驚いたのは怪我に苦しんだ後、日本球界に復帰してからの投球である。ストレートの球速は若い頃より落ちていたと思うのだが、伝家の宝刀スライダーのキレは抜群であり、その他にもカットボール系のボールやチェンジアップも駆使してメジャー移籍前とは一味違ったピッチングも披露してくれた。
今シーズンこそ1勝も上げることは出来なかったが、日本球界に復帰した後も11勝、9勝、11勝、9勝、9勝、6勝、10勝と先発ローテーションとして安定した成績を残し続けた。若い頃の石井一を考えるとこの安定感は驚くべきことのように感じるのだが、石井一はいつでもひょうひょうとしており、人を驚かせるのも好きそうな性格なので最後まで本心が見えなかった。なんだかんだ言っても日米通算22年間に渡って第一線で活躍し続けたことは素晴らしいことである。

若い頃の石井一久を知らない世代の人達は、是非ユーチューブなどで映像を見てみて下さい。90年代から2000年代を見渡しても最高級のサウスポー投手だと思います。

22年間の選手生活お疲れ様でした。

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