もう一度宮本慎也について

選手

2000本安打達成時や昨日の記事でも宮本については書いているのだが、今シーズン限りで引退となってしまったため、もう一度宮本慎也選手について書いておきたい。

私がヤクルトファンになったのは、1988年のシーズンだったと記憶している。この頃のヤクルトはまだまだ弱小球団だったが、面白い選手が沢山いた印象がある。その中でも大好きだったのが池山隆寛選手だった。細身の身体で豪快なプレーをする池山は正にスター選手だった。打っては30本以上のホームランを打ち、守備でもフットワークが良く、強肩で華のあるプレーヤーだった。私にとってのヤクルトのショートは池山だった。

その池山が年齢的なこともあり、身体の不安を感じ始めた頃にショートのレギュラーを奪ったのがこの宮本だった。引退セレモニーの野村克也元監督のコメントにもあったが、池山の負担を減らすために「打撃には目を瞑るが、とにかく守れるショートの選手が欲しい。」という野村氏のリクエストもあったようだ。そこで名前が挙がってきたのがこの宮本だった。(担当スカウトは現監督の小川淳司氏)

宮本のルーキーイヤーの時は、私は中学1年生だったのでルーキーイヤーから宮本の活躍ぶりは見ることが出来た。守備固めから始まった宮本のプロ野球人生だが、当時はそんなことはあまり考えたことがなかったのだが、ルーキーイヤーからゲーム終盤にセカンドの守備固めで起用されるというのは凄いことである。それだけ宮本の守備がプロの中でも安定していたことを表す起用法である。

私は、小学校の高学年くらいになるときっちり守れて、小技の利く選手が好きになっていたのでこの宮本にも注目していた。池山に比べて決して派手さはなく、華も感じなかったがテレビ中継で実況、解説者がたびたびこの宮本の守備を誉めていたので、「守備の人」のイメージは結構早くから浸透していたのではないだろうか?

しかしこの宮本ただの「守備の人」では終わらなかった。正直入団時点では宮本タイプの選手は数多くいると思うのだが、その後の成長曲線が素晴らしかった。どこかで一気にグーンと伸びた印象ではないのだが、きっちり守れることによりレギュラーに定着すると年々打撃にも磨きがかかり、下位打線から2番打者を任せられる存在になっていった。1997年2001年にはレギュラーとしてチームの日本一にも貢献した。特に2001年は2番打者に定着し、シーズン67犠打のシーズン記録を達成した年でもあった。

ここからは名実ともにチームの主力としてヤクルトスワローズを引っ張ることとなる。またアテネオリンピックの予選からは、日本代表のキャプテンとしてチームをまとめる存在になっていった。このアテネオリンピックの予選からの活躍により、宮本は一気に全国区の選手になったという印象があった。プレースタイルが派手になった訳ではないのだが、チームには絶対必要な存在の代表格の選手となった。
そしてこのアテネオリンピックで主将を務めた後から一段と打撃技術に磨きがかかっていった。この時すでに30代半ばに差し掛かろうとしていたのだが、打撃成績は20代の頃に比べて上昇していった。時には3番や5番を任されることもあったと記憶している。30代になってからも打撃技術が向上し続けたことが2000本安打達成に繋がったことは間違いない。

守備面では中々後継者が現れず、30代後半になってもショートで出場することが目立っていた。(それだけ宮本の守備が素晴らしかったということだが…)池山は30歳の頃にはサードにコンバートしていたと思うので、宮本のショートとしての息の長さは驚くべきことである。
宮本の後継者が現れてのコンバートが理想的だったのだが、そうは行かず、宮本の負担軽減のためにサードに完全にコンバートしたのが09年のシーズンである。(つい最近のことですね。)正直早い打球への対応などに苦しんでいた様子も見られたのだが、ここでもいつの間にかミスをしない守備が復活しており、40歳を迎えた11年シーズンにはゴールデングラブ賞とベストナインを同時に受賞している。
そして今シーズン徐々にスタメン出場の回数が減り始め、引退と言うことになるのだが、この宮本の凄い所は、まだまだ衰えたと感じる部分が少ないことである。出場機会が減っていったのはどちらかというとチーム事情という部分が大きかったように思える。体力面や身体の状況という意味では若手に適わないかもしれないが、技術面に関しては今も一流である。

そんな宮本に関して1つ残念だったのは、名実ともにチームの顔となってから優勝が出来なかったことだ。特に11年シーズンは終盤まで首位を走っていただけに悔やんでも悔やみきれないシーズンになってしまったのではないだろうか?宮本本人もシーズン終盤の大事な時期に肺炎でチームから離れるということが起きてしまった。このシーズン優勝できなかったことに関しては、ファンの私にとってもとても残念な出来事だった。

それにしてもショートの座を池山から引き継ぎ、チームのまとめ役を古田から引き継ぎ、日本代表の主将も務め、2000本安打も達成したこの宮本慎也選手。プロ野球の世界ではどこにでもいそうな好守の選手という立場からスタートし脇役としてチームを支えてきたのだが、振り返って見ればチームには絶対に欠かすことのできない選手だったことを改めて実感する。そして決してどこにでもいる選手ではなく、長いプロ野球の歴史の中でも中々お目にかかれるものではない脇役なのにいつの間にか主役級の活躍をしているという特異な力を持った選手に成長して行った。いつでも「そこにいた」宮本がいない来シーズンはどんなシーズンになるのだろうか?

19年間のヤクルトでのプロ野球生活本当にお疲れ様でした。

P.S 宮本の守備の安定感は、最後まで素晴らしかったですね。捕球、送球の安定感は飛びぬけており、宮本の守備に慣れてしまったヤクルトファンは宮本の守備の残像が残っており、他の選手の守備が下手に見えてしまうことがあるのではないでしょうか?よくよく考えると他の選手の守備が下手なわけではなく、宮本の守備が上手すぎたのでしょうね。プロ入りの時点で「守備の人」と言われながらもある意味では守備だけで逆指名のドラフト2位ということ自体異例なことですよね。

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