夏の甲子園も中止

日本高野連は20日、選手権運営委員会をオンラインで開き、8月10日から甲子園での開催を予定していた第102回全国高校野球選手権大会について、新型コロナウイルス感染拡大の影響により中止にすることを決めた。引き続き行われた理事会で決定した。夏の甲子園大会の中止は戦後初。選抜大会と春夏連続での中止は史上初めて。代表校を決める地方大会も中止となった。
(スポニチアネックス引用)

過去記事はこちらから→「たかがスポーツされどスポーツ

インターハイの中止が決定していたため、高校野球だけが特別扱いとなる可能性は薄いと感じていた。この決定は妥当なものだと思う。このコロナ禍の状況で苦しんでいる学生は野球部の学生だけではない。
私は幼い頃から野球観戦、スポーツ観戦が大好きだった。もちろん高校野球も大好きだった。夏休みの一番の楽しみは高校野球を観ることだった。甲子園大会はとにかく魅力に溢れるものだった。日本国民の一大イベントとして定着していたため、私自身それ程高校野球の置かれている状況に疑問を感じることはなかった。高校時代は普通の公立校で野球部に在籍したのだが、最初から勉強を頑張ろうという気持ちもなく、それでいて野球でもレギュラーを掴めないといういわゆる「ダメ学生」だった。今回の甲子園大会中止の報道の中で「高校野球は教育の一環」という言葉をよく聞くのだが、この言葉の意味をしっかりと考えなければならないと思っている。高校時代はそんなことは考えずに野球の練習に明け暮れていた。毎日の練習が苦しかったこと、それでも仲間と一緒に頑張れたこと、上手くいかず辛い思いをしたこと、試合で結果が出て嬉しかったこと、補欠で終えた最後の大会、全て思い出にはなっている。
それでもやはり教育の一環という部分に焦点を当てるのであれば、今はまだ「高校球児がかわいそうだ。早く代替大会を検討しなければ。」と声を上げるタイミングではないと思う。まずは国や各自治体、教育機関の判断が成されてから考えていくべきことのように思う。
ここまで目標に向かって努力してきた選手達には掛ける言葉もないのだが、あまりに大きなイベントとなってしまった「甲子園大会」、「高校野球」というものに関しては、今回のことをきっかけに今後どういった方向に進んでいけば良いのか考えていかなければならないのかもしれない。

P.S これまであまり考えたことはなかったのだが、私の高校時代も夏の地方大会には吹奏楽部が応援に来てくれて、この大会のために応援団も作ってくれていたことを思い出した。選手として気持ちが高揚したし、応援が力にもなったと思う。しかし冷静に考えると私が野球部以外の部活動を選択していた場合、そんな環境が用意されることはまずあり得なかったはずである。弱小校の中でも補欠だった私のような選手も応援してもらえたこと…夏の大会では当たり前の光景なのだが、野球部以外の運動部の生徒は野球部のことをどういう目で見ていたのだろうか?少し気になってしまった…

この手の記事を書くのは難しいですね。

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コメント

  1. タラちゃん より:

    夏の大会も中止ですか。
    インターハイも中止で非常事態宣言も北海道、関東1都3県はまだ解除されず。
    この状況で、移動もある、ホテルもある。
    1番怖いのは同調圧力。
    「野球だけ特別にやりやがって」ということで変な逆恨みからの所謂自粛警察からの危害、圧力から果たして選手、監督、野球関係者を守れるのか?すごく心配でした。
    学校は休みなわけで、その時に練習している。
    これで学校などに「なんで練習させているんだ」と。
    やっていないところもあるし、いろいろと不平等にはなるだろうと。

    そして休校により、夏休みは短縮になるのは濃厚。

    中止は残念だけど、当然。
    インターハイ中止、非常事態宣言延長の時点で、
    なぜ、高野連は中止を高体連と連携して決断できなかったのか?
    逆も言えて、夏の大会やるのであれば、インターハイにお金などの面で支援するとか、もっと方法はあったでしょう。

    宮本慎也が日刊スポーツで言っていたが、
    6月中旬まで様子を見て、それから決断すれば良い。みたいな事を言っていたが、
    結論を先送りして、やるっていう期待を長い期間させて、それでセンバツみたいな結論になった場合の落胆を考えたら、
    遅いくらいだが、中止の決断をしたのには評価します。

    あと、
    何らかの救済措置ってできないかな?って思ってしまいますね。
    とくにセンバツ出場予定校には。

    なんか良いアイデアないですかね?

  2. FIYS より:

    タラちゃんさんへ

    そうですよね。今はまだ動き出すには早過ぎるかな?という思いが自分も強いです。

    非常時ですし、高野連と高体連の連携は本当であれば必要だと感じます。

  3. まるふく より:

    「甲子園が無くなってしまえば後にはもう何も残らない」かのようなシステムに大いに問題があると考えます。

    そして、それはシステムを作ってきた大人達の問題であって、最初からそれが当たり前と信じて頑張ってきた生徒達には何も責任は無いはずです。

    やはり、野球も、他のスポーツも、文化部も、部活動は学校から切り離されるべきであると思います。

    15~18歳くらいの青年が野球をする場が、「高校(高専も)の部活」以外に無さすぎです。小学生であればプロのチームのジュニアがあって、高度な指導を受けながら子どもたちが頑張っていますよね。本物が最下位に沈む一方、スワローズジュニアは確か優勝しましたよね。どうして同じようなことを15~18歳ではできないのでしょう。

    生徒は教員を選べません。「部活こそ第一。授業なんてどうでもいい」という教員から授業を受けなければいけない生徒も不幸です。そのような教員に学校から離れてもらうためにも、部活動は学校以外の場でやるべきです。

    ただし、今回のこの騒動では、仮に学校以外に活動の場があったとしても、それも機能できなかったでしょうが。

  4. FIYS より:

    まるふくさんへ

    日本のスポーツを語る上で学生スポーツというものは切っても切れないものにはなっていますが、この構造自体考え直す時期が来ているのかもしれませんね。
    これまで「まるふく」さんがおっしゃられていたことが、このコロナ禍の中で一段と浮かび上がってきている印象です。私は甲子園に憧れて野球をやっていた人間の一人ですが、このシステムは確かに歪ですよね。

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